ダイナマイト

どこまで行くのか

こうして毎日文章を書き続けていると、自分は気づく力と関連性を見出す力がこんなに高かったんだなと思う。

そして、ほんのちょっとずつだが、言語化能力が鍛えられ始めた。

人間を知りたい。

この欲求が自分の中にある事に気付いてからは、本を読む事、旅をする事、自分と向き合う事、恋人と向き合う事などの全ては人間知について深めるための材料となる。

私は今、生まれて一番楽しい幸せな時期が来ているなあと思う。

人間知というのは、誰でも自分が最も知っていると思っている。歳を重ねて経験したこと、成功したこと、失敗したことから誰もが誰よりも知識があると信じている。実際は誰もがほとんど正しく理解できていないのに。

そんなものを私は本を読んで体系的に身につけ、日々の十分にある時間を使い、文章を書く行為によって、ひたすらに深めている。そんな自分もまた、人間知にはとても理解があると信じてしまいそうになる。

そんな最近の私の気づきは、同世代の仲間たちにとって、相当な劇薬となった場面が増えてきた。それは心を解放させたという意味ではとても良い事だが、そこから先へ進むために自分と向き合いさらに人間知について深めて行くしかなくなる。

気づかなかった事を、気づかなくても良かった事に気づくことは人を幸福にも不幸にもしていく。悩ませていく。めんどくさくしていく。

私はただこれが好きで好きで熱中してやっているだけだから、と言っても。

ノーベルは、化学が好きで好きで熱中して、たくさんの功績を挙げた。熱中していたらダイナマイトを作ることができた。人々はそれを人を殺すために使った。

ノーベルが54歳の時、兄に宛てた手紙はこう書かれている。

「この惨めで半病人のアルフレッド・ノーベルはこの世に産声をあげたときに、人道的な医師によって窒息させられていればよかった。」

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