きっと地球を遊びつくすにはあまりにも人間の命は短いから

どのように旅をしても、それがあなたの思う道ならそれでいいじゃない。

僕はひたすらゆっくりと過ごす、何もしないをする旅が好き。人と深く話して、深いつながりを世界中につなげたい。

「世界を一周するならば、数十の国を回れ。たった数国程度で世界一周じゃあないよな」

なんていう人がいるらしい。それはその人の価値観であるから、それでも良いと思う。

しかし、僕はたくさんの国を見てきた人より、一つの国に何か月も、何年もいて、とにかくその国が好きなんだと語る人のほうが何倍も魅力的だと思う。


話は少し逸れるが、今日も一人で映画を見た。一本みて満足した後、たくさん気になっている映画の予告編を見まくった。

正直僕は予告編だけで泣ける人間なので、そこでだいぶ涙が出た。

ふと気づいた。予告編はたしかに感動シーンが要約されていて感動するし、魅力的に映る。でも、映画中の起承転結やら、なんでもないシーンや苦しいシーンを共にするという体験は、時間をかけてゆっくりと味わうことしかできない。どんなに頑張っても、技術が発達しても、世界の中へ入り込み、体験することは時間をかける必要がある。

ただ、予告を見て、そこから映画を見ようと決意することは、覚悟がいる。いまから2時間、本気で映画の中へ入り込んで体験するには、それなりの時間と労力がかかる。当たり前だが、そこまでしないと映画を本当に楽しんだとは言えない。


話を戻すと、旅というのもまさにそうで、その国に住んで、起承転結、喜怒哀楽、その他良いことも悪いこともすべて経験したうえで、感動することこそが本質であると思う。しかし、それにはもちろん覚悟を必要とする。覚悟のための予告編をみる期間もある程度は大事だけど、いつかはその国を本気で体験してみたいと思う。

きっと地球を遊びつくすにはあまりにも人間の命は短い。だったら今、全力で飛び込んでみたらいい。

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