長期的目線で人間の判断を見ると、良いか悪いかという判断はできない。

タイトル長いですが最近めちゃくちゃ思っている事です。

というのも、歴史を面白おかしく学ぶラジオ、コテンラジオというPodcastにずっとハマっていて、そこで話している深井さんがよく言っている言葉なんですけどね。

今は多様性を認める時代!個人がフリーで働いていく時代!海外に移住しよう!って言われまくってる。

実際に僕もそう思う。今に対応する最適解はそれらに近いと思ってる。

しかしさらに長期的に見た時、たくさんの人がずっと大企業に勤めて日本経済がめちゃくちゃになって破綻したとしても、そのエネルギーの反動でめちゃくちゃ生きやすい世界に繋がるかもしれない。(くっそ雑な例です)

今僕が大学辞めていきなりフリーで生きていくと決め、ぶっちぎりでそれに集中したとして。

うまくいけばいいけど、それで上手く行かなかなくて金なしのホームレスになっちゃったとしても、

その反動でものすごいエネルギーで復活するかもしれないし、

それで結局全くダメだったとしても、全力で没頭していた人間が存在したっていう事実だけで周りの人にものすごい影響を及ぼし、周りの人まで含めて自分の活動の影響を見たときにすごく大きいと言えるようになるかもしれない。

そもそも人に影響を与えたいのか?という点だが、別にどっちでもいい。

ただ、自分が全力で生きる事で「生きてて良かった!」と思えると思っている。その全力が周りに波及して影響を及ぼして、なんか一緒に面白いことできる人が増えたらさらに面白いよねって思う。

こういう人間がいて、こういう環境で、こんなことをすると、こうなる。

そういう現象についてしっかり観測できる自分を使って、思いっきりのめり込んでみたいと、普段大人しくしている僕の内側にあるワクワク好きの僕が騒いでる。

もう色々やってみる多様性フェーズは終わっていいんじゃなかろうか。

一度閉じてみて、全力で飛び込みたい。

だから大学を辞めたし、ジョージアに飛んだのだ。

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