悪を見つめ、両極を信じる

悪だと思うようなものを摂取してみる。善悪があると言うことは僕の心は0にはいないということ。

親や先生から言われたこと、これはいいもの、わるいもの。それらは結局他人の都合でしかないということ。でもだからその人たちを恨もうとうわけではない。だって自分こそその善悪のものさしを自分の都合でつかっているだけだから。

いいじゃーん。
エロいことに興味があっていいじゃーん。
グロテスクな漫画、アニメをみてもいいじゃーん。
働かなくても働いてもいいじゃーん。

なるほど、信じると言うことは「どちらの極を信じる」ことではないな。「両極を信じること」こと、真に信じていることなんだ。

この最大級の「矛盾を許す、信じる」という課題を、それぞれの作り出した宇宙でどのようにクリアしていくかというゲームだ。

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