今日はなんとなく死について考えましたので(何となく考えるようなテーマでも無いんですけど)書きます。画像はねねっちの画像(本当になんでもよかったので)を粉砕するほど加工してなんとなくシンメトリックになるまでいじり倒しました。宇宙っぽいですね。


なんで人は死ぬのか

デカすぎるテーマなので書き始めたらキリがないと思います。

とりあえず今回は簡単に死が持つ意味と有効的な活用について考えます。

生物学的にずっと生きることは無理とかそういう話じゃなくて、死が持つ意味ってなんだろう。

まず逆を考えて、無限に生きれたら人間はどうなるのかな。

多分何に対してもやる気が起きなくて決断力がなくなります。どうせいつかできるしなぁとか思って何もすることができなくなる。

ゴールのないマラソンを考えればすぐわかります。死というのはいつかはわからないがこのマラソンはどこかでゴールをしますよという意味です。まあでもいつかはわからないです。

人間は死について考えるだけで決断力が上がったりお金を貯めやすくなるなんでいう研究論文も出ているけどそれもこの死が定める有限時間によるものだと思います。

時間が有限だからこそある程度の効率を考える必要性が出てきます。効率は(得られる成果)÷(時間)です。そこで人間は頭を使います。人類の文明発達も死があったからこそのものですよね。


話がデカくなりそうなのでここで個人レベルの話に戻すと、僕は生きていく中でやってみたいことや無限にやりたいことが結構あります。無限にやりたいことがあるけれど有限な人生なので、ここで頭を使って考えないと何もできずに終わってしまいそうです。

…みたいなことをこの前twitterで書いたらまあまあ反応がありました。このツイートの考えのもとになったものがこの死の持つ意味の話です。

自分の本当にやりたい事は何か、自分とよく話し合って、楽しい道に進めるように生きたいね〜〜と思います。

気が向いたら次は時間についてぼんやり書いてみたいです。

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