カミサマ駆除業者制作にあたって

先週小宮くんと作った動画

「カミサマ駆除業者」

を公開しました。

今回は作中では語られなかった事をインタビュー形式で小宮くんに語ってもらいました!


Qカミサマ駆除業者 という作品について

A元々は2017年に私がアナログで描いた短編漫画です。当時は飯江川保全運動をやっていて、地味な生き物の大切さを伝えることの難しさを感じてまして、それを擬人化して漫画にできたら面白いんじゃないかと思い描いたのが始まりです。

その原作をやましょーが見つけてきて、動画にしよう!という話になり、リメイクしたのが今作ですね。

(小宮氏の描いた原作)


Qそもそもカミサマって?

A自然、もしくはそこに住む生物をモデルにしてますね。カミサマの表現もいくつか使い分けてて、カミサマは総称、神様は人の信仰も含めた、人にも利益をもたらす存在、守様はより環境や自然寄りの存在を指してますね。


Qキャラのモデルは?

A最初のカミサマは湿地帯そのもの。原作では発端になった有明海の塩性湿地に住むヤベガワモチを当ててたんですけど、より広義ならこっちかなって。地球に優しい再生可能エネルギーである太陽光発電のために森林や湿地を切り開く矛盾を込めてます。

後半の姉妹は姉がアリアケシラウオ、妹がアリアケヒメシラウオです。今は禁止されてるそうですけど、一昔前の高度経済成長期の建材用の川砂採取で産卵地の砂地が根こそぎ失われて激減、僅かに残った場所で辛うじて命を繋いでる魚たちをモデルにしました。この物語はフィクションなんで、その残った砂地を採取しようとして起きた衝突を描いてます。

ちなみに、姉は中華風の服を着てる方でアリアケシラウオです。アリアケシラウオはシラウオにしては破格の大きさを誇り、氷河期に中国大陸から渡ってきた大陸系遺存種。だから中華風だし、数万年生き残ってきた経験があるから駆除される時もいち早く異変に気づいたし、抵抗しようとした。

対して妹のアリアケヒメシラウオは最近産まれた新種です。実際、筑後川と緑川にしかいない。だから弱いし、経験も浅い。物語の中でも口数は多いけど抵抗も出来ずにやられてたのはそんなところを表したかったんですよ。


Q男は独特なキャラでしたね。彼のモデルは貴方ですか?

Aあの男のモデルは色々あって。

まずは社会そのもの。大衆の正しさを背景に圧倒的な力で自然を捩じ伏せる存在です。だから悪意は微塵もなく、むしろ駆除対象のカミサマに敬意すら抱いてる。開発と切り離して考えた時に多くの人は自然を大切な存在だと思うでしょ?そんな感じです。

もうひとつは自身の葛藤や私が見てきた先人たちの思いですかね。好きだから、守りたいから自然、ここで言うカミサマについて学んだはずなのに、気がつけばそれを壊す側、壊れるの見届ける側に回ってしまった。本当は大好きで、だから少しでも守りたい。でも、自身の役職がそれを許さない。いっそ辞めてしまえば楽なのにそれもできない。まさに私の将来のバッドエンドです。


Q男の特徴的なセリフ「今日はいい天気」にはどんな意味が?

A変わらないものを指してます。温暖化とかでそれも変わりつつありますけど、一挙に失われる環境よりはってことで。自然が失わていっても、天気だけは昨日も今日も変わらずいつものように流れていく。きっと彼は土砂降りの大雨でも良い天気って言いますよ(笑)


Aカミサマとの雑談シーンも前編と後編で違いましたね。

Q前編にでてきたカミサマは勝てないこと覚ってる、だから雑談に応じてせめて自分たちが存在したことを覚えておいて欲しいと訴えた。

対して姉妹は抵抗しようとした。だから雑談に応じず必死に訴えたんだけど、徹底的に話が噛み合わず男は終始世間話をしてましたね。


Q終わりに原作にないシーンがありましたね

A動画として一度ここで切るならもう少し説明した方が良いかと思いまして加えました。前編最後のセリフは松尾芭蕉の「夏草や兵どもが夢の跡」から。栄華を極めた奥州藤原氏やかつての戦場も今や夏草が茂る草むらになった、しかし今や夏草(草原や湿地)すらも更地にされて見る影もない。そんな意味合いです。

後半の「鳥の血に悲しめど魚の血に悲しまず、声あるものは幸いなり」は斎藤緑雨の詩ですね。実際、鳥や哺乳類をしめるのには抵抗ありますけど、魚はお造りとかするじゃないですか。この言葉自体は的を居てると思うんですよ。ただ、人間ってもっと残酷だなとも思う。歴史上虐殺は何度もやってきたし、鳥の血で言えば数十億羽いたリョコウバトすらも狩り尽くした。

ならば仮に自然が声を上げる力を持っていたとしても、それが人間ではないならば、きっと踏み潰しますよねって。そんなに賢い生き物ならば、きっとこうなってない。そう思いませんか?現代でも日本は天然記念物の生息地にピンポイントで公共施設作ろうとしたりしましたし、きっとそんな寛容じゃない。

そしてそんな行為が長期的で見たらマイナスなのに、それから目を逸らしている。そして主人公の男はそれを分かっていながら社会のために駆除をする。達観しているのに徹底して傍観者。若輩者が空想する大人のイメージでもあります。


Qこの作品を描く時に大変だったことは?

A圧倒的に背景です。私、自然描写が苦手で。水辺の話なのに水面が描けない。葦原は線を増やして誤魔化しました。人も背景も画力不足です(笑)


Q続編は?

Aもともと30ページくらいある話なんですよ。Twitterに上げたのは8ページだけ、その内の4ページが今作ですね。いつか描いてみたいとは思いますけど4ページリメイクするのに5日間、25時間くらいかかった。すぐには描けませんが、やましょーには催促されてますしそのうちやりたいとは思います。


Qこの作品が伝えたかったことは?

Aうーん、そうですね。強いて言えば「無情さや愚かさ」ですかね。登場人物の誰も悪くないんです。悪役なんて一人もいなくて、正しいことをするためにそれぞれが最大限努力した結果、破滅に向かって行く。現実社会で破滅は言い過ぎかもしれませんけど、でも決して明るい上昇志向の未来は感じないでしょう?少なくとももうしばらくの間は自然環境は劣化しつづける。私ら保全活動をする若者も、既に社会の中にいる人たちも、おそらく流れは変えられない。もちろん少しずつ変わってくんでしょうけど、まだしばらくは消えていくのを見届けるしかない。未来を感じるんですよね。

その歯がゆさ、もどかしさを伝えられたらなって思って。読み終わったあとにざらざらとした後味の悪い感覚を残すようなものを描きたかった。何人かにはそれが伝わったみたいで本望です。


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