言葉を“道具”から“武器”に

昨日、嘉麻市にある民間学童Tri Eduを見学しに行きました。

僕はよく、これからも教育のあり方について考えます。

日本の教育システムが終わっているからです。

でも、じゃあ具体的にどういう事をすれば良いのか?それはぼんやりと抽象的な事しか思い浮かびませんでした。

しかし、昨日訪れたTri Eduではもう実践していました。

内容としては、中学生が毎週テーマに沿ったトピックについてプレゼンをすると言うものですが、とにかくスピード感と緊迫した空気と本気でぶつかり合う生徒と先生に、本気で心動かされました。

昨日分かった事を殴り書きしたので、なんとなく整理してここに書いておきます。


今教育に必要なのは「言葉を武器にする力」

テーマに沿った自分らしいトピックを選び、自分を表現できる言葉の力が必要だ。

「言葉」を道具としてしか見ていないなら、自分を本当に人に伝えることができない。

その先の自分を伝え、相手に響く武器として使わないとその人の個性や得意なことの価値は消える。

表現することが出来ないと、才能は全て意味がなくなる。

社会に個々人の才能を反映させるためには、できるだけ多くの人の心に届くプレゼンをするしかない。

社会に出て一番よく使う事はプレゼンテーション。

仕事も恋愛も、プレゼンテーションの連続。

そんなのをいきなり社会に出て求められてもできっこない。

それが出来ない人はロボットになるしかない。

それは人間にとって苦痛でしかないはずだ。

人間は、それぞれ違う才能を持って生まれてきたはずなのに、誰でも取り替えができるような事をやらされるというのは幸せのはずがない。

表現する力。

テーマにそってトピックを選び、制限の中でも自分を表すことができる力。

それをもってしても、全員を納得させる事はできないという社会の厳しさ。

それを早いうちからフィードバックをして捉え、次に生かす力。

他人の失敗や行動を見て、自分に生かす力。他人への観察力。

教育には作文読み上げ程度しか組み込まれていない。

自分を表現できないように、組み込んでいないのではとさえ思ってしまう。

これから最も必要な力は

プログラミングでも成績でも無い

言葉を武器にできるかどうかだ

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