寛容さ・捨てる能力

今日は大学の友人と話した話。

彼は僕の友達の中で一番、僕の話が論理破綻したり説明不足である事を教えてくれるのでいつも良いフィードバックを与えてくれる。

最近、そんなに前ほど動いていないし、アウトプットのためにブログを書いているけど、それでもインプット情報過多で整理できてない部分がある。今日はそれに気づけた。

あと、最近は特に話の一つ一つの濃度が濃くて重い感じ、とも気付かされた。

なんでかなーって考えた時、これは多分、日常の何気ない事柄に対して、考えたり気づいたりする事をスルーできなくなっている事が原因かもしれない。

人生全部ブログのネタ!と思い始めてしまっているので、本当に染み付くとひたすら色々なことに気づくようになった。

これは潔癖症に近いかもしれない。

潔癖症が悪いというわけじゃないが、単純に物事をありのままに受け入れる、またはスルーして捨てる事ができれば、そっちの方が生きてて楽である事は間違いない。

和式トイレの方が洋式トイレより清潔だけれど、洋式トイレのほうが落ち着けるし楽だから大抵の人は洋式を使用する。


中途半端に知識を持ってしまうと目についてしまう。

モヤモヤと不安を感じてしまうから徹底的に極めたくなる。

もちろん、知らないと損をする事はたくさんある。

そのような事をできるだけ回避したいと思い本を読んだりする。

でも極めれば極めるほどさらに先が見えてくる。

何も知らずに損をしているとも思わずに生きたら、それはそれで楽なのだろうか?

うーん。

私は考えて発見して表現する事が楽しいと感じているから、まあいっか。


人生は、やりたい事が無い人には長すぎて、やりたい事がある人には短すぎる

多分この辺からわかる事なんやな。

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