流れるプールで留まれば

マジであちい…

流れるプール、入りたい…

何も考えなくてもフワーっと移動し続けられる。前にいる人が作った流れを合わせたら、ずっと前に進み続けられる。

でもだんだん飽きてきて、その場で止まって流れに逆らってみる。

人とぶつかる。危ないので、流れてください〜〜とか言われる。

仕方なくまた流れ出す。


自我のある状態、自分と向き合っている状態っていうのは流れるプールで流されず、人の邪魔にならないように場所変えてるような状態な気がした。

流れに逆らって止まることで身体のどこに水が当たっていて、どこの流動性が高くて、低いのか感じ取れる。

つまり、どこの筋肉に力を入れると留まり続けられるかを考えられる。

止まっているから0基準の見方を手に入れ、他人がどう動いているか、どのくらいのスピードか、何が原因でそちらに向かっているのか見えてくる。


でもいきなり止まることができるわけではない。

周りが見えなくて注意を受けるかもしれない。

そしてまた流れ出すかもしれない。

止まっていると思ったらじつは少しずつ動いていて、しっかり止まってないのかもしれない。

何事もちょっとずつ、練習していくしかない。

僕もまさに練習中だ。

昔はただただ流されていた。

だから、自分とは何か分からなくなった。

何がしたいのか、何を感じているのか表現できず、自信を持てず、望んでいない方向に自動的に向かっている感覚だけがあった。

何が不安なのかも分からずに病んだ。鬱になった。そうやっても一向に分からなかった。


大学生になって自分の意思でこのメンタルを改善しようとした。

自分を見つめる練習始めた。

たまに流れている自分をストップさせてみる。

何も考えず評価をせずただ自分の感覚を雲を見てるかのように眺めた。

まだまだ練習途中だから、まだ流れてしまうことがあるし、分からなくなりそうになる。

でも、毎日ちょっとずつ、留まり方を身につけている。

ちょっとずつ、自分向き合えているから、人生の明るく楽しい時間が増えてきた。

以上、流れるプールを見て思ったことでした。

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