
現代は超常刺激だらけだ。
超常刺激とは、人間が本来ーー狩猟採集の時代から考えるとーー体感する事が出来なかったはずの「多すぎるもの」や「新しすぎるもの」の事だ。
インターネットの出現がわかりやすい。
SNSにより、本来では考えられないほどに人間関係を作る事ができる。「多すぎる」
電話やメッセージやビデオ通話を、どこでも誰とでもできる。「新しすぎる」
インターネットで観れるAVなども分かりやすい超常刺激だ。いつでも、どこでも他人の性行為を見られることは「新しすぎる」。
他にも多くのジャンルで超常刺激といえるものがたくさんある。
これらはほぼ無意識のうちに手にしてしまうほど手の届く距離にある。
簡単に、他人と繋がる事ができる。
家族と、恋人と、すぐに連絡を取れる。
どこにいても。
便利になった分、幸せになったのか。
いつでも話せるなら、今、話さなくてもいいんじゃないか。
そんな思考が生まれてきているのかもしれない。
”今“の価値がどんどん下がって行っているのではないか?
便利なものは使いつつも、たまに意識的に、超常刺激から距離を置いてみる事は大切だと思う。
そうしたらもっと、身近な人、大切な人との“今”に価値を置く事ができるはず。