電車

今日は電車について書きます。

昨日と今日で西鉄に乗りました。高校生の時に通学に使っていた電車。

いつもスマホを見つめて音楽を聴くか、たいていは小テストの勉強を必死こいてやってたことを思い出した。何を考えていただろう。ひたすら目の前のことに必死になっていて、今ほど自分の中を見つめる余裕がなかったなと思う。自分のことがなかなか好きになれなかった。

壁を見ると、たくさんの広告が貼られている。脱毛、経営、英会話、旅行、借金返済、そんな広告ばかりでうんざりするし、早くおりたい気持ちになってしまった。こんなことにもなんの違和感もなく毎日通学していたことを考えると、良くも悪くも自分の視野が広がって、様々なことを考えるようになったなと思う。

電車について考えるとき、まずこの西鉄の路線が思いうかぶ。ここは、唯一自分の力で遠くに行くことができる、旅の入り口として自分の中で長く機能していたからだと思う。自分の街にいても、なんだか物足りなくて、自分以外のすべては自分のために作られた作りものなんじゃないかとよく思っていた。そんな世界を抜け出して都会や田舎にいくための場所だった。

電車に興味はないが、電車にのって遠くに行くことが好き。旅が好きになったきっかけも電車にあるなあと思う。

こうしてたくさんの旅をして地元に戻ってくると、幼いころの疑問はあながち間違いではなかったと気づいた。


今日は大みそかですね。2019ハチャメチャでしたけど人生で一番最高な年でした。ありがとうございました。また来年もよろしくお願いします。

テーマの前日予約はかなりいいですね。樋口さんの前日予約制糖質制限ダイエットから着想を得ました。明日のテーマはお正月です。

噛む

幼稚園児のときを思い出した。

ぼくは、5月生まれだったこともあると思うが、幼稚園ではなんでもできるスーパースターだった。みんななんとなく僕を褒めて認めてくれている気がしていた。

そして、ルールや決まり事を守ることが好きだった。

ある日、ある年小さんが悪いことをしていた。

ぼくは間違っていると思ったので、注意してあげた。

相手は嫌な顔した途端、

手に噛み付いてきた。

衝撃的すぎて、今でも思い出せる。

痛くて、理不尽で、何がいけなかったのかさっぱりわからなかった。

わからなかった。

思えばそんなことが人生で何度も起こっていた。

正しいことを言ったはずなのに、噛みつかれるほどの衝撃をたくさん経験した。

向き合う


こうして、しっかり向き合ってもいい環境ができつつあるのだから、一度向き合ってみようか。


何を言っているんだ!と思って消しました。

深夜のテンションで無限に下がっていくのーみそはあぶない!

完全回復しました。心配かけてすみません!!

仮面を厚くしても

仮面を厚くしても、中の自分は広がってる空間を見ながら中心でビクビク震えているだけ。

仮面が厚くなってどんどん離れていくにつれて、寒くて苦しくなる。

いつかその仮面が壊れた時、人は離れていく。

「そんなに小さかったんだ」

そうしてまた、小さすぎる自分を許せなくて、仮面を作り直す作業を始める。


中の小さすぎる自分を鍛えなければならない。3年前に思った。

しかし、小さすぎる自分を、自分も周りの人も信じてくれないし、認めてくれない気がした。

まずは自分で小さすぎる自分を認めようとしても、仮面を外すのは怖くて出来なかった。

そんな中、たった一人、小さすぎる自分を認めてくれた。

優しく包まれて、僕は小さすぎる自分を認めてあげることができた。

自分で認められなくても、周りの大切な人が、人生での、大切な出会いが、自分を認めてあげるきっかけになるかもしれません。

気絶するほど

僕は、寝る事が得意だと思っていた。

いつでもどこでも瞬時に寝る。

だからどこでも生きていける。

そう思っていた。

でもね、違う気がするんだ。

僕は人からよく言われるがありえないスピードで寝る。

これは寝ると言えるのか?

僕は寝てなんかいないんだ。

気絶しているだけだ。

自分で自分が過集中になっていることに気づかず、疲れを感知する器官が麻痺して、僕は動き続けてしまう。

僕の脳みそは様々なことを考え、本当にたくさんのことに心を動かされてしまう。

気づく事がおおいのに、僕は休憩できなくて、毎日寝るときは気絶する。

気絶まで追い込まないと自分は寝る、寝たふりをする事ができなくなったのではないか?

忘れて覚める

Boutonの奥、忘覚庵で、泊まりで曲を作ってみた。

いつも僕は僕から生まれてくる次の音が楽しみ。

それは自分でも全く予想していないから。

曲を作っているときは、何もかも忘れて、

出来た頃に覚める。

目を覚ますとそこには自分の音楽がある。

気絶するほど一瞬で寝てしまう癖がある。

自分を忘れて、覚めてしまえば、苦しくないから。

大きくぶつかってしまった、未来のある日の私と貴方へ

ちょっと待って。

君は、本当に何も伝えたいことはないのかい。

人間誰しも体調のよくない日がある。

そういう日は、気づかないうちに表現力と理解力、脳みそをしっかり使うべき場面で使うことができていない場面はたっくさんある。

そうやって脳みそを動かせない日は、一人になってしまう事が多い。

一人になると余計に頭の中は偏った思考に支配されていく。

その、偏ってるかもしれない自分の思った事を相手に伝えなければ、偏っているかもしれない自分で受け取ろうとしなければ、いつかは歯車のズレが止まらなくなる。

一度ズレ始めたらもう止まらないだろう。

伝えたい事がうまく言葉にできず、言葉をうまく理解できない。そんな悪条件の重なった日が、まさに昨日。

言葉は生み出された瞬間意味を持たなくなり、全く逆に他人へ伝わっていく。

それに気づいたとき、それを相手に伝えるのは本当にこわい。

それは悪条件が重なった日であるから、最悪、相手にひどく不快な意味を持つ言葉としても伝わってしまうかもしれない。

それでも言わなくてはならない。

向き合わなければならない。

見つめなければならない。


君が勇気を出して言う言葉が、今日の私を全て真逆に変えてしまうような、脳みそをかき回されたような気分になった。

もうすぐで戻れなくなるほどの恐怖に飲み込まれるんじゃないかなんても思った。

それでも一度冷静になって、さらに貴女の話を聞き出そうと思った。

この身も心も裸にして抱きしめるように言葉を受け止めたら、どんな日だとしても真っ直ぐに伝わるはずと信じて。

そうしたらほら、全部上から眺めるように気持ちが伝わった。

痛くて逃げたくなったけど、向き合ってまた一つ、近づいて、強くなった。