いると仕事が増えちゃう事

今日は音楽フェスのボランティアスタッフをしていました。(今は休憩中です)

僕は3箇所の誘導の仕事+休憩をローテーションしていました。

その仕事の一つに、入り口ドアの前に立つ仕事があります。自動ドアではない上に取っ手がなく、すぐ近くに大きなエアコンがあるためしっかり閉める必要があります。日本酒飲み放題の場所も近くにあります。

ここでひたすら人が閉めないドアを閉め、近づいて来たら開けるという仕事をしていました。

僕はこんな感じの単純だけど常にセンサーが必要な仕事は辛くて苦手です。ひたすら同じことをし続ける事が苦しいです。

疲弊しまくってついつい、近くの机にもたれ掛かってやってました。若干楽になるものの、集中しないといけないことに変わりはないので辛いままです。

しかし、流石にそれはまずかったので、社員のスタッフさんに注意を受けました。確かに印象悪いなと思ったので反省しました。

そこでふと思いました。

俺がここに居るから仕事になっちゃうんじゃないかな?締める人がいるなら、お願いしますという感じで。

じゃあ少し離れて観察しようと思い、少し離れた場所に立ちました。

すると思った通り、9割くらいの人は自分で開けて閉めてくれました。小さい子供や、反対側から人が来るかもと予測して開けたが人が来なかった時、開けてもらった人がそのまま通って閉めない時などがありますが基本的にみんなやってくれます。

そこまで集中しなくても良いので僕も楽です。別の仕事をする事でさらにイベントをうまく回す事ができます。


この件に関連して、最近は性善説に基づいているサービスが多い事を思い出しました。

話題になったCASHというアプリ。

要らない物の写真を取って事務所に送る事を約束するだけで即時現金化してくれるサービスは、売るものをお客さんが確実に送ってくれる事を信じています。

PayPayもそうです。お客さんが自分で金額を入れてくれることを信じ、お店がPayPay支払いのお客さんの決算をPayPayですると信じるています。(もしお客さんの現金払いを後からお店が現金払いすると20%キャッシュバックを受け取れちゃう可能性があります)

人を信じるだけで、大きな支出カットになり、新たな価値創出に繋がるのだと思いました。


もう一つ別の視点で気づいた事は、人は目の前の仕事に集中したり、疲弊すると、自分がやってる事が本当に効率が良いのか、合理的なのかわからなくなってしまうという事です。

注意してくださった方の存在は本当に大きいです。頭をガンと打つ事によって一つ後ろ側のフレームで考え直す事ができました。

客観的に注意していただける人の存在は本当に大きいなと思いました。

最近の音


最近はこんなのとか。


こんなのとか作っています。

超実験的な音です。

めっちゃくちゃにして作った音をいかに音楽的に響かせられるかを試しています。


曲作りはいつも頭の中にイメージがないです。適当に音いじってて偶然いい音に出会うまで待ちます。

いいな、と思う音が本当にその時の気持ち次第で変わる気がするので、この曲を作った時はどういう気分だったんだろうと考えると面白いかも?

私の曲は、私が作ったとは思えないとよく言われます。

私自身は割と明るいし面白い事好きな性格だと言われますので、なんであそこまで暗いイメージの曲が量産されるのか自分でもよくわからないです。

ただひとつ心当たりがあるのは、曲を作り始めて悪夢障害のような症状が消えた事。

悪夢障害というのは悪夢が酷すぎて、起きた後も泣き叫んでパニックに陥る精神障害です。小学中学時代はたまに夜中に悪夢で目が覚めて正気を失っていました。

いまでも内容は覚えています。白い空間で、小人が笑っていて、顔に「1t」とかかれており、それがどんどん近づいて圧迫してくるのです。不気味な音が聴こえてどんどん大きくなって、逃げられなくなって、起きても正気を失いっています。

なぜか、発作が起きるのはいつも同じような夢でした。

高校生になって本格的に音楽を作り始めると、いつのまにか悪夢は見なくなりました。

それだけでなく、自分を出す事があまり怖くなくなり、人と話せるようになりました。

子供の頃悪夢なのかもしれない説〜〜

限界は胃袋で起こっていた

先日、人間の妄想がでかくなりすぎて地球を突破しちゃうぜ!という記事を書きました。結構曖昧な表現になってしまいましたが、樋口さんのブログに全く同じような内容の記事があり、本当にアンサーすぎるので、僕のストーリーバージョンで前書きをかいて、最後の結論を引用させていただきます。


僕は実は今年に入ってからダイエットを決意しました。BMIが25を超えている、まあふつうにデブになっていました。流石にいろんな人から太ったと言われるし、健康的にも悪いし、なんとかしたいなと思いました。

なんとかしたいなと思ってやってみるも失敗したことが多々あるので、今回は攻め方を変えてやっていこうと思いました。(前回は糖質制限で痩せたが結局すぐ戻ったので)

今回は食心理学から攻めることにしました。(理論固めすぎてきもいといろんな人から言われました)

その中で僕はかなり衝撃の事実を知ります。


・人間が朝食を食べ始めたのは、コーンフレーク会社の「朝食は食べた方が良い」という研究結果とその宣伝効果によるものであった可能性があること。

え、それってコーンフレーク食べて欲しいからにしか見えないやーん。

そしてさらに恐ろしいのは至福ポイントの話。

・人間がもっとも幸せと感じる糖質脂質タンパク質の配合が、研究で分かっており、そのデータは食品加工会社の間だけで取引されている。これが中毒性の原因となり、人間は過剰に食べ物を摂取してしまう。

え、それ、闇すぎないか?

ほかにも色々な事実があり、食の常識というのは大半が誰かの利益のために勝手に作られたものだと知りました。(糖質制限も論文ですでに効果がないことが証明されました、ちくしょう)その中で特に印象が強かったのがこの2つです。

なるほど、3回食べなきゃいけないのではなく、誰かにそう誘導されているだけだったのか。3回食べることを習慣化することで食事回数を増やし、至福ポイントで過剰に摂取させる。

胃袋を掴むことで儲かる人間がたくさんいるのだ。


それに気づいた僕は、さっそく習慣化の科学を使って食事回数を減らすことから始めました。小さく徐々に回数と量を減らすことで脳の恒常性機能を麻痺させます。

それだけでなく、肝心の至福ポイントっぽい食べ物をできるだけ食べないようにしました。お菓子はほとんど買わないし、菓子パンなどはできるだけ買わないようにして、お腹空いて死にそうな時はあんまり美味しくない純粋なプロテインを飲んでヨガマットで運動したりしました。

すると四ヶ月で9キロの減量を成功させました。特に健康に支障もなく、運動や散歩をよくするようにまでなりました。メンタルヘルスも非常に改善されました。


これ、僕の身体をつかって、常識を疑って実験して、予想を証明できた気がします。

これも人間の妄想が作り出した急激な変化が、人間というリソースの限界に近づいてきてることだと思います。

利益を追求するために、人間の体をぶち壊していく、この元になっているのが資本主義です。

資本主義というシステムに、日本に、地球に、限界が近づいていると思っているからです。

もう、限られたリソースを奪い合う椅子取りゲームで限られた人だけが幸福度を満たすような時代ではなくなると思っています。

幸せを体の外に追い求める時代はもうすでに終わりを迎えようとしています。

体の中に幸せ自家発電装置をつくらなければ、人類は終わりです。

引用元 https://higuchi.world/archives/763

そういうことかーーーーーー!と大声をあげてその場で暴れまくりました。

あ、ちなみに友達にこんなことを話したら、でも社会主義は…と言われかけましたが、いや資本主義と社会主義しか世の中にないわけではないので、これから全く新しいものが生まれてくるということが言いたいだけで、そういうわけじゃないっすよ。

世の中、全部実験

最近よくいく食堂、桜道場は、お惣菜が取り放題です。低価格メニューで、とても美味しい上にお腹いっぱい野菜が食べられます。ここで飯食った日は基本一日一食で済みます。もう大好きすぎるので週3くらい行ってます。今日も今から行くよー。

そして、何よりも好きな点は、PayPay決済対応しているところです。

初めて訪れた時、僕は感動しました。

PayPayはMrMaxくらいしか使うところがなかったのでひたすら買い物をミスマでして、20%還元を出しまくっていました。あとはコンビニやドラッグストアくらいなのでひたすらミスマでした。

でも、これからは低価格で超お腹いっぱい食べられる食堂でPayPayが使える…飯食い行くためにスマホだけ持っていけばいいのです。キャッシュ払いより味が美味しくなります。

ついでにポイントモリモリたまるし、たまに全額帰ってきます。なんてお得なんだ。

というわけで僕はPayPayポイントさえあれば健康的な生活ができるようになりました。

最近物欲がかなり低いので、とにかく健康的なご飯が食べられたら大満足です。野菜がたくさん食べれたらすごい嬉しいです。

でも、大学生あるあるですが割とお金がありません。いろんな場所に行ったり本読んだりしてお金がかかるので、最近流石にお金なさすぎてやばくなってきました(家賃滞納しかけた)。

しかし、バイトはあんまり増やしたくないし、自分の曲は安定した収入源になることはない(というか好き勝手に作りたいので収益化はそんなにガツガツしたくない)し、ブログに広告載せるのは僕が広告嫌いなのと、もうすぐ広告収入型のビジネスは終わると確信しているので付ける気がありません。


そこで、思いつきました。実験的にPayPayのある機能をこのブログで使ってみようと思います。

そう、個人間送金機能です。

これ、法律的にやばいのでは?と思ったけど、ゲーム内のポイントを送っているだけみたいなイメージで、現金化されなかったら大丈夫らしいのでめちゃ上手いこと回避しています。スゲー。

毎日書いてるこのブログで、投げ銭箱感覚でPaypayの受け取りQRを置くとして、もし奇跡的に一日合計で590円いただけたら、桜道場で唐揚げ定食を食べ、お腹いっぱいになって一日健康的な食事を取ることができるようになります。

僕の生活の最低限必要な物は全てPayPayで買っているので、とりあえずPayPayがあれば生きていけます。

そうなれば、もっと時間が取れて、健康的なご飯の栄養分が巡り巡ってブログの記事に生かされるのでは?もっと良い記事をたくさんかけるようになってりして…

どうなるかわからんけど、失敗成功関係なしで実験としてQRコードを置いてみようと思います。かっこよく言うとフリーミアムダイレクト投げ銭モデルでしょうか…

人間の妄想は無限、地球は有限

ここ10年の人類の進歩は凄まじいです。指数関数のように進んでいます。

この指数関数が止まらなくなり、シンギュラリティーという点に到達するとまで言われています。

僕の大学は情報工学なのでもちろんそのような話を聞きますし、そんなことになるだろうという予測は正しいと思います。

でも全部人間の妄想です。

人間の妄想は上界がありませんので、無限に複利的に伸びていくように考えられてしまいます。計算機も同じで、再帰的に処理するので指数関数で伸びていきます。

人間が住む世界、地球はどうでしょうか?これは無限ではありません。資源は限りがあり、これは確実にスピードを上げて減ってきています。

SDGSという言葉を最近よく目にします。これはまさにこのままだと人間の妄想が地球の上界にぶち当たりますよ〜〜という事を言って、具体的な対策を考えようというものです。(画像の図みたいな)

前々から限界がくるよ!と言われていたのですが、あんまり感じないのでみんな忘れてしまっていました。

最近になって「流石にやばいのでは!」と思う人が増えてきたから流行り始めましたね。僕も流行りに乗っかって知りました。

そう、流石にやばいんですけど、この加速する人たちの妄想はそう簡単に止められない。

妄想、という表現を使ったのは必ずしも技術の発展だけが影響になっていると言うわけではないからです。妄想の代表的な例はお金です。

お金という紙をみんなが信頼しまくっているだけなので、これは妄想でしかない。

この妄想が膨らめば膨らむほど、地球には負荷がかかります。

こんだけスピードが速い状態から急いで軌道修正するにも、すぐに角度を変える事は不可能に近いです。

人間は急激な変化を嫌うように脳みそが設計されているので、じわじわと変えていく以外の方法がありません。

そのじわじわで、本当に上界に到達する前に撤退できるのか、結構怪しいんじゃないかなと思います。

人間は頭打たないと、失敗しないと何も分からないです。ガツンと頭を打つしかない。地球が壊れるかもしれませんが…

でもだからといって何もかも無駄というわけではありません。

小さな失敗を繰り返せば良い。失敗こそが次に繋がるので、小さく頭を打ち続けて軌道修正することです。小さな失敗をするための指標として、SDGSはものすごく有用だと思います。

今から個人レベルで持続可能な生活を作れたらいいなぁと思います。それが長い目で見ると、自分が集中して音楽を作り続けられる環境作りに繋がると思うので。

ストーリーは費用がかかる?

前回も書いた通り、ストーリーという付加価値が今求められる付加価値だと思います。

どうやったらストーリーって生まれるのかな?

お金をかけて、凄い人呼んで、設備も完璧な舞台で…これもある意味完成されたストーリーですが、観客は観客でしかなくて、少し違う。

ストーリーを見るという楽しみ方は技術の発展によりあまりにも簡単になった。

音楽はストリーミングで高品質の音楽が聴き放題。AmazonPrimeに登録すれば名作映画見放題、Youtubeでも面白い動画が無料でいつでもどこでも観れる。

今、エンターテイメントで求められる世界は何だろうか?前回の言葉を使うなら、遊ぶ人、遊びの楽しみ方を知っている人は何をしているだろうか?

この答えが「ストーリー」を自分たちで作ることにあると思います。自分がその中にいる事です。

この街で、この商店街の広場の真ん中で、どんな遊びができるかな?

この歴史ある街で、どんなことを感じることができるかな?背景知識があるとより一層楽しめるんじゃないかな〜?

お金がかかることは実は、人との関わりを通せば大抵お金が掛からなかったりします。

ヒッチハイクは最たる例で、行き先が同じことを生かして、運転してくれる人とコミュニケーションすることで対価を払っています。

そしてそこには忘れられないストーリーが必ず付随します。あのときあの場所であの人とこんな話をして一緒にドライブしたなぁ。お金を払っていないのにお金をかける以上の思い出が残ります。

お金をかけないようにすることが、良いストーリーを生み出せるんじゃないのかな?

春に、音集めの旅といってタイを一人で旅したこともこのストーリーという付加価値を音に付けてみたいとおもったからです。

まだ、感覚が掴めてないけど、もっと挑戦してみたいなぁと思います。

ポテンシャルを引き出す「遊ぶ人」は、どこから?

 

でっかい椅子。可愛いです。

飯塚市の井筒屋跡をみんなで使う広場にしてその利用法を考えている方にお会いして、話を聞き、一緒に考えてみました。

結論から言うと、この商店街周辺はポテンシャルだらけで、街を歩いているとたくさんのアイデアが浮かんできました。

大正時代に建てられた、歴史ある銀行。

ひよこ饅頭発祥の地、千鳥饅頭発祥の地、そして飯塚高校のお菓子の販売店。

森鴎外も宿泊した、宿場町の雰囲気。

ゆったりとした時間が流れる商店街。

その横の路地裏小道に進むと、ちらほらとお店も。

そして今からその中心に、広場ができようとしています。

これは絶対にうまく使わない手はない。

なにができるかなー


ヨーロッパでは、公園を非常に有効活用していて、だれかが毎日演奏していたり寛いでいる人がたくさんいます。

そしてそこで通常出会う事はなかったであろう人と出会うきっかけとなるかもしれません。

突然全く新しいものが生まれるかもしれません。

そういうなんの目的でもない「白紙のキャンバス」みたいな場所は、今本当にみんなが求めている場所だと思います。

何かしらの色が付いている、または完成されたもので溢れている今、こんなに真っ白で何を書いてもいい世界は、間違いなく最高の遊び場になります。


では決定的に足りないものは何か?

それは「遊ぶ人」です。

もっというと「遊びの楽しみ方を知っている人」だと思います。

魚を取る人がたくさんきて、みんなで魚を食べる事は楽しいですが、魚の取り方を教えてくれる人がいてくれたら、みんなで魚を取るところから楽しめちゃいますよね。

魚の取り方を知っている人の方が明らかに人生が豊かになりますよね。

じゃあそんなのどっから持ってくるんだ?


結論から言うと、ゲストハウスだと思っています。

僕はよく八女のゲストハウス「天空の茶屋敷」に遊びにいくのですが、毎回毎日必ず、何かしらの特技を持った人が居て、それを共有してくれます。国内国外問わず本当に様々な場所から、集まってきているのです。八女の山奥に。

同じ場所にいながら、毎日新しい刺激がある、毎日新しい遊びを学ぶことができる。

こう言う場所がこの飯塚にできちゃったら本当に盛り上がるだろうな〜〜と妄想を膨らませているところです。


やってみたいなー。とりあえず毎日思いついた順で思考をこのブログに垂れ流し続けてみようかなと思います!