VRアーティストという生き方

今日は一日VR三昧だった。最高だった。

一番感動したのはVR空間で3Dの絵をかけるツールだ。パソコンで作るよりも何倍も直感的に視点移動や操作ができてしまう。

ああ、これはもう、こうなっていく。誰でもやりたいと思ったら、そのアイデアを直感的に具現化できるようになるし、それは新しい仕事になり得る。

昨日圏外だったンダヨー

山奥のキャンプ場でちいさくお祭りしてた。圏外だったんだよ〜

といいつつ文章書いてなかったんだけどな。圏外でも文章はかけるぞ!おい!はい!すいません!

新しいおもちゃが届くよ

ワクワクしている。明日新しいおもちゃが届く。VRヘッドセットだ。スマホ入れるやつじゃない。PC接続してやるやつだ。今作ってる3D空間にVRヘッドセットをつけて入り込んでみる。そのまま立体絵を描いてみる。VRにいながらVR空間の開発をしちゃえる。いろんなものを切ってみる。ホラーゲームをしてみる。

ワクワクする。新しいおもちゃが届く前日だ。遠足の前日だ。海外渡航の前日だ。やっぱり前日はいい。一番盛り上がっている。

がんばって寝ます。

リアルファイトはだるい。PSPで遊ぶ程度のゲームで。

命をかけるほどのスリルみたいな刺激はだるい。興味がない。リアルファイトな戦いはしたくない。

でもインセンティブのあるゲームは好きだ。しょぼい規模で楽しいゲームがしたい。PSP程度のゲームでいいんだよな。

のほほんと暮らしたいという欲求の中に、ちょっとしたゲームを取り入れたいような気持ちはある。それが全部戦闘になると興奮しない。

一つ諦めによって自己を「明らめ」ることができた。

不完全を曝け出し続ける

不完全だから人間だと思います。

恥ずかしいことではない。不完全であり続けているんだ。完全であると勘違いする方が恥ずかしい。

多分このまま思ったことを思ったまま話して聞いて書いて読んでいけばいい。どうせ失うものは無いんだからね。

今日も楽しかった。おやすみ。

配役

人間の人格みたいなものってその場所に関わる人によって、変わる。それはまるで演劇のように。

この劇では自分は主人公。でも次の劇では悪役になる、なってしまう。ということもある。

お笑いでもボケとツッコミがある。この人といるとボケに、しかしこの人といるとツッコミに回るということもある。

それって自分の意思ではどうにもならない。だから一生懸命やってても、自然にやってても悪役のようになってしまう事がある。自分は正直であっただけなのに。

そうなってしまったら、立ち止まって考える。説明してみる。あっ、そういうことだったのか。ごめんなさい。たぶん、そうやって認めてくことしかできないんだけど、それが大事なんだな。

楽しい環境

今の環境が好き。周りの自然もいいけど、やっぱり人が好きかな。

嫌なことしない、やりたいからやる。なんとなく心に余裕がある。自分も余裕ができる。

余裕ができたら、本当にしたいことが見える。その方向性はみんなバラバラだけど、それぞれの人生。それぞれの前提は異なるからやりたい事も全員ちがう。それで自然。それでいい。

周りの自然だけでなく、人も自然に近い環境だなぁと思っている。

さあ、これからものんびりしつつ楽しい世界にダイブしようかねぇ。