楽しいことも慣れる

VRでライブ、なんか慣れた。今までのスタイル、飽きた

もうこのスタイルでできない。苦しいだけだもん

明確に飽きた

それがはっきりして本当につらい

どこでも通用する音ではない

自分がやりたいことをもっと具体的にしたい

悔しい

悔しい

悔しい

苦しみへ

現実の見え方は解釈次第だと信じている。

本や人の言葉は僕に新しい解釈の仕方を知らせてくれる。

それによってめちゃくちゃ楽しくなったり苦しくなったりする。過去と解釈が違いすぎて恥ずかしくなったりする。何もせずにじっとしてれば世界の解釈は変わらないままなのに、でもそれだとなんとなく昨日と今日と明日がくっついていくような感覚になっちゃうから今日も何か発見や気づきを求めて知らない場所へ行ってみている。

最近の新しい解釈はこんな感じだ。

一人で何かをやることも楽しいけど、他人と一緒に何かをやることはさらに楽しいこともある。苦しみはその分大きくはなるけど。

社会性があるとお得。信頼されるし良い関係気付きやすい

退屈な人は意外と多くて、しかも人類は豊かになり続けているので退屈に関する問題はかなり前からいろんな人によって議論されていた。

自由不自由について。不自由無くして自由は感じられない。不自由の中に自由がある。自由の中に不自由はある。片側を求める姿勢は苦しい。

この項目全てを疑うべきであること。

音楽が楽しい

わかり手!音楽が楽しい

ウオオオオオオオオ

ノリノリなJerseyclubで無敵!たのしかった!この世にはまだまだ楽しい音楽楽しい世界がいっぱいなんだな!遊びてー!!!!!

遊んでたらこんな時間!明日も仕事なのに!オワオワリ!!!!!!!!!!クァーーーーーー

人のムカつき

嫌だったこと、むかついた事。最近はそういうことを人と共有することが楽しい。「好きなこと」でつながる人間関係こそ最高と思っていたけど、「嫌い」でつながる人間関係もすごくランダムだし広くて面白い。

人が嫌だと感じたりムカついたと言ってる話は、完全には理解できない。それ自分で勝手に思い込んでるジャン〜と突っ込むことが大半なんだけど、そう思った時に自分がムカついた最近こと思い出して、「あっ多分自分も勝手にムカついてるだけだな」と気づける。ナイス人のムカつき。

嫌なこととかムカつきって要するに違和感ってことね。違和感。

バーチャルBarめっちゃいい

今日はVR上のBarに。VRクラブにいるけど話したこと無い音楽好きと、仕事とか趣味の話をできた。店長と店員さんの掛け合いも楽しいし、良い時間だった。

普段は音楽を聴いてゆらゆら踊って話してって感じだけど、たまにはゆっくりいろんな話する場所も最高だな〜

つまらない事こそ楽しい事

つまらない事、やりたくない事を徹底的に排除したり逃げたりすると楽しいことも消える

楽しい事という概念が、楽しくないこと、つまんないことがないと相対的に存在できないから

楽しいことへ続くちょっと楽しくないと思っている事、大変な事、つまんない事、どんどん一歩を踏み出してみようと思う