僕らはなにかを信じたい

今からしばらくは随想を書きたい時期に入りそう。


僕らは何かを信じたいし、信じるべきだと思う。なぜなら、信じていたら一人で苦しまなくて済むことがあるから。

あ、これは宗教の勧誘などではなく、ただ、誰かを信じたり、考え方を信じたりする事、大事だよねというだけの話。

宗教などではわかりやすく「信じていれば救われる」という。それは信じているから、苦しみという一人部屋で、一人ではないよと言ってくれると感じるんじゃないかな。

科学は信じる事で生きやすくなる。りんごが落ちるのは重力だし、空気は目に見えないけど存在するし。うまく活用して生活を便利に。

家族も、絶対的な安心感は人を一人ではないと思わせてくれる。


信じやすさは、そのものやその人自身によって様々だが、その人にとって信じる事が簡単なものは、影響は少なく、信じる事が難しいと思っているものを信じた時、人はすごく推進力を持つと思う。

推進力を持つ、というのはそれが前か後ろかはわからないから。

一つだけを信じているとその推進力はどこに向かっているか分からず、コントロールもできずに暴れる。

だからもう一つ信じてみると、両輪で左右に曲がれる。

3輪になると安定感がある。

4輪になると大きいものを運べる。

生きていくということは、少しずつ、自分が信じられないと思っていたことを、真正面からぶつかってみて、自分と向き合って、信じるものを少しずつ落とし込んでいくことなんじゃないかなぁ。

絶望の反芻をやめて、自分を見るために

自分を見ないようにする方法?

反芻して、何度も絶望を味わえば良い。

自分と向き合うのが怖いから、過去の絶望に浸って反芻して、自己愛に浸っていたら良い。

そうしたら苦しくないからね。

でも、それじゃあいつまで経っても自分は見えてこなくて、身体はドンドン硬くなって行く。

どうすれば、おいしい絶望の反芻を辞めて、前を向いて自分と向き合う苦しみに立ち向かえるでしょうか?

酷い場合はその反芻が良くない事、反芻であることを自覚していても抜け出せなくなります。

どうすれば反芻して自己愛に浸ることを止めることができるのか、最近心理学の本などかた調べ、実際に取り組んでいる事を自分のためにもまとめておこうと思います。


解決策


強烈な反芻は、Whyを考え続けてしまうとより深くなります。

なぜなら、Whyの答えは抽象的であるからです。

「こんなにネガティブなのは何故…?あ、子供のとき、そのような価値観で育てられた事が多々あった気がするな。ああ、何故、何故、どうしようもない」

Whyは物事抽象化したりより深く疑問をもつ為には非常によく働きます。

「りんごは何故、下に落ちるのか。ん?だれかが引っ張っているからか…?だとしたら何故見えないのだろうか…ああっ!」

科学者などはよく使いますが、自己省察においてはマイナスです。


具体的な対策は「Whyで物事を訪ね、Whatで自分に尋ねましょう。」です。

Whatで尋ねると…

「何が私をこんなにネガティヴにさせるのだろうか…あっ、人から否定される事が怖いからか?いや、そもそもこの環境が、周りの人々の影響を受けているのではないか。

だとしたら、環境を変えたら、変われるかもしれない。」

Whatは物事を具体化する働きがあります。

具体的な対策を自然に考えることになるため、反芻から抜け出しやすいです。


反芻していることすら気付かない場合


反芻の癖が強い人(私も特にそうです)は、WhyをWhatに!どころではないです。

反芻してしまったことを日記として付けたり、私の場合はブログやNoteに書いて残したりする対策がおススメです。

できるだけその反芻した状況を思い出せるように残すことで、自分がどんな環境で、誰と話しているときに、どんな体調のときに、反芻をしてしまうのかが見えてきます。


絶望を吸い続けることはおいしいですが、どこかで爆発して壊れてしまいますから、反芻をやめて自分を見る時間を大切にしていきたいです。

分人という考え方、分人主義

私たちは、確固とした自我のある「本当の自分」がいて、その上で、人付き合いの中で「キャラ」を変えたり、「外向きの私」を演出したりしていると思いがち

「“本当の自分/ウソの自分”というモデルを、一度、徹底して考え抜いた末に、私はやはり、この発想自体にムリがあるのだと、ようやく自分自身で実感するようになった。」

作家・平野啓一郎の、小説との格闘から生まれた人間観とは? (ダ・ヴィンチ電子ナビ) – Yahoo!ニュース

 

一人の人間には、色々な顔がある。つまり、複数の分人を抱えている。そのすべてが〈本当の自分〉であり、人間の個性とは、その複数の分人の構成比率のことである。

『私とは何か—「個人」から「分人」へ』著者:平野啓一郎 ~諸悪の根源は「個人」~  | 読書人の雑誌『本』より | 現代ビジネス [講談社]

 

これから多くの問題に人間が複数的に関与する時に、人間はそれぞれの人格を切り離した「分人」として対応せざるを得ません。そうしなくては人間の精神がもちません。

人間は「分人化」しないと精神がもたなくなる:日経ビジネスオンライン

今日はLABB RADIOの収録でした。今回もいろいろな面白い話が撮れましたのでお楽しみに!

さて、その中で一番心に残ったのは分人の考え方でした。

何かほんとの自分というものがあって、そのうえでキャラを演じている、と考えることとは違って、実はほんとの自分なんてない。むしろ全部が自分であると考えること。

前からこの考え方について少し知っていましたが、今日でより腹に落とせた気がします。

自分の音楽活動、もっと言うと創作活動にそのまま生かせるなと気づきました。

ほんとの自分がいて、キャラとしてyoxtellar、やましょーを演じていると考えていると、じゃあほんとの自分ってなんだ?ピアノ曲を作りたい自分はどこにいるんだ?など考えてしまっていました。

それこそ分人です。Twitterのアカウントです。Youtubeのメインチャンネルとゲームチャンネルです。

たくさん自分を分けちゃっていいんです。本当のじぶんというものに縛られるくらいなら、新しい名義たくさん作って全部が自分であると認めちゃえばいい。

今日はそんなこと思って、新しい名義たくさんつくって認めちゃおうと思いました。

分人主義、おすすめです。

部屋

「あなたの部屋に入ったことがないので入れてください」

「いやです。それは部屋が汚いとか、見られてはまずいものがあるからとか、そういうわけではないです。でも、いやなのです。とてもいや。」

「なぜ」

「なぜか?嫌悪感や不快感の理由を今すぐ自己省察して述べろというのか?そんなことすぐには無理に決まっているだろう。確かに今、嫌悪感を抱いたおかげで自己省察すべききっかけを入手したが、今言えることは、あなたに入ってほしくはないということだけだ。」

「どうしても入らればならない理由があるというならば、そうだな、二度と入りたくなくなるほどに汚くしておいてやろう」

そこまでいってもあなたは入ってくるのだろうか。

私にとっての快適な部屋が、あなたにとって不快なことなどあるに決まっているだろう。同じ人間でも、それぞれの価値観に違いがあるのは当然だろう。頼むから押し付けようとしてくるな。いやなら入らなければいいだろう。それともなんだ、お前は価値観を押し付けて洗脳することに一種の快楽でも覚えているのか。そんなに気持ちいいならよそでやってくれ。私は、そうだな、衛生状態の悪い国にでも移り住むよ。

いつだってあなたは価値観を押し付けてきた。それで私は改善されたか?価値観のボールをドアに投げ続けて、ドアは開いたか?そう、ドアは内側からの力でしか開かない。じゃあ出てくるのを待つしかないだろう。

ちゃんと話させて?ちゃんと聞いて?しかしそれは私でもあなたでもない何かに言うしかないということもなんとなくわかるよ。

悪癖

4年前鬱になった時。
僕は、手の皮を剥く癖が止まらなくなった。

ストレスによって、僕は手の先、指の側面、手の関節、ひら、全て剥き始めて止まらない。

痛い、痛い、辞めたい。

親からも友達からも心配される。

やめてくれ、こんな醜い僕を可哀想な目で見ないで。
生きているのが恥ずかしくなるだろ。

つるつるの手が、雑巾のようにボロボロになっていったんだ。

苦しいから、足の裏の皮も剥いてしまう。
あ、一歩踏み出すたびに痛いよ。
だれか助けて。

そんなのやめなさい。
どんなに強く言っても、俺に言わないでくれ。皮を剥いているやつに言ってくれよ。

一人の部屋で苦しい苦しいと叫んでも声は虚しく壁に吸い込まれて消える。

ああ、ここがあの、苦しみの部屋。

だれもいなくて、僕一人だ。
静かで何の外的ストレスもない。
この空間にいるから苦しくなる。

苦しみは人と比較できない。
それぞれが一人でこの部屋に入っているから、それぞれの苦しみの中で叫んでいる。

LABB RADIO #10

「LABB RADIO」#10

Breakcore、IDMを愛する現代音楽アーティスト”やましょー”と、いいかねPalette代表:樋口聖典の二人が自由気ままにお届けするラジオです。

今回は運命論について、RPGの例えで解説!

まさにhiguchi.world(ひぐちどっとわーるど)な回です!

番組のチャンネル登録はこちら⇒ https://www.youtube.com/channel/UC-rk3PI0TNWRcplE7CFs99Q

収録@いいかねPalette

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番組へのご意見・ご感想は https://twitter.com/yokkun_52 まで。トークテーマも募集中です!

殻探し

「う〜ん、どうしても気になる」

「あら、どうしたの?」

「卵の殻がね。ここ最近、僕の口の中でジャリジャリしてるんだよね。ずっと違和感がある。」

「そうなんだ。私が取ってあげようか?」

「じゃあ、お願いしようかな」

僕は口を開いた。
口の中には今までの人生で食べたもの全てがぐしゃぐしゃになっていた。
美味しいもの、美味しくないもの、いい匂いのもの、異臭を放つもの、全部が咀嚼されて酷く醜い姿になっていた。

君はそれを見て微笑んで、僕の醜い口に口づけをした。
ぐしゃぐしゃの口の中で舌を這わせて卵の殻を一生懸命探した。
僕は一人で勝手に気持ちよくなっていた。

「ん、あった。見てこれ!」

そうやってぐしゃぐしゃに汚れた口元で笑顔を見せながら、舌の上にある卵の殻を見せた。

その殻は、なんだか懐かしい形をしていた。